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平和な時に我々が見ていたものは?


国主催の原発関連のシンポジウムで、原子力安全・保安院が電力各社に原発の推進に有利な発言や動員を要請していたと新聞やテレビなどで報じられています。
これは、世論操作と言われる姑息で卑劣な行為です。
しかも、こんな行為が行われていたいたのは1991年の日本原子力文化振興財団設立当時からとのことですから、すでに20年を経ています。

その20年間、マスコミはこのような世論操作が行われてることを全く知らなかったのでしょうか?
シンポジウムでの賛成派の比率が実感とはかけ離れていることに、何の疑問も抱かなかったのでしょうか?
電力会社からシンポジウムへの参加を要請された人たちからの内部告発も、マスコミに届けられていたはずなのに、それらは握りつぶされていたのでしょうか?

原子力村の存在を今マスコミが報じていますが、今回の原発事故が起きるまでは、マスコミ自身が原子力村の一員であったことになります。
これほどの大震災や原発事故が起きて初めてその存在と手口を国民が知ることとなりました。

今回の震災や原発事故で、これまで見えなかったものの一部がハッキリと見えました。
マスコミ自身が、世論操作の手先になっているということです。

逆に言えば、これほどの大震災でもなければ我々は真実を知ることができないのかということになります。
平和な時には、我々はいったい何を見ていたのでしょうか?



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【2011/07/31 09:48】 | 日々の思い | トラックバック(0) | コメント(0)
M女性の好きなもの
2009年10月8日の日記2008年7月15日の日記に「M女性は、どしゃぶりの雨が好き」と書きました。
そして、2007年6月12日の日記には、「M女性は、洞窟が好き」ということを書きました。

このM女性の奇妙な特性は、これまで僕が出会ったM女性たちから直接聞いた話です。
でも、どしゃぶりの雨も洞窟も、身近で手軽にいつでも体験できるというものではありませんから、これらを確認するのはなかなか難しい点があります。
そこで、このどしゃぶりの雨や洞窟に類似したもので、もっと手軽にいつでも体験できるものはないかと考えていましたら、ひとつありました!



それは、水族館です。
水が大量にあって、薄暗くて洞窟のような感じになった作りの水族館は、まさにその特性が類似しています。

そう思って振り返ると、僕はこれまでに何度もM女性と一緒に水族館に行っています。
水族館には何度も行ったのに、どういうわけか動物園には一度も行っていません。
このことを意識して水族館に連れて行ったわけではありませんが、不思議とデートコースに水族館を選んでいました。
何か惹かれるものがあったのかも知れません。

他には、大きな露天風呂のある温泉やザーザーと大量の水が流れる滝にも行きました。
大量の水があるところに、よく行っています。

また、高いところにもよく行きました。
タワーや観覧車は、M女性たちのお気に入りでした。
足の裏がザワザワするようなあの感覚が、M女性はお好みのようです。

でも、これらはM女性の好みというより、もしかしたら僕の好みだったのかも・・・。



【2011/07/29 10:35】 | SM | トラックバック(0) | コメント(2)
暗黒の時代の始まり


昨年の9月5日の日記に、猛暑と原油高の影響で一般家庭の夏場の電気代が月10万円を超える日が来るかもしれないと書きました。
今は原油高が円高と相殺されているような形ですが、いつまでも円高が続くわけではなりません。
まさに「相場もの」ですから、いつかは逆にブレます。

電力会社は、当面は世間の批判が怖くて値上げの話をあまり出して来ませんが、いずれ一気に大幅値上げをしてくるのは明白です。
自分たちのヘマや怠慢を棚上げにして、原発が停止したからなどと理由を言うはずです。

電気代が家計や企業を大きく圧迫し始めます。
消費は停滞し、国内景気はさらなる後退期に入ります。

有効求人倍率は大きく下がり、大学を卒業しても就職できない人たちがフリーターとなって大量に街にあふれます。
中小企業の倒産が相次ぎ、失業者が増加して、社会不安を招きます。

失政に失政を重ねる政府の支持率は低迷しているのに、野党はそれに取って代わるだけの政策提案能力を失い、批判のための批判を繰り返すのみです。
国民の多くが貧困層に落ちていき、生活苦にあえぎます。
ホームレスが急増していきます。
何とか普通の生活を維持できているのは、役人と一部の大企業に勤めている者だけです。

暗黒の時代が始まります。
さらに、これまで溜め込んできた数々の「負の遺産」が、ここで一気に爆発します。
とうとうツケを払わされる時が来たのです。
自分が作ったわけではないツケを、何十年にも渡って払い続けなければならない人々は、生きる力を失い自殺者が相次ぎます。
蒸し暑くて寝苦しい夜に、暗い夢を見ました。
【2011/07/28 07:42】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
パーティの準備


一時の涼しさが消えて、また暑さが戻ってきました。
気象庁の長期予報では、今年も残暑が厳しいそうです。

6月からもう暑かったわけですから、今年は長い夏になりそうです。
夏バテしてしまいそうです。

さて、8月26日(金)に開催する10周年記念パーティまで、あと1か月を切りました。
参加ご希望のM女性の方も、順調に集まってきています。

僕の準備も、着々と進んでいます。
細かい作業もいろいろとあるんですけど、そういう作業をしていても楽しさを感じます。

仕事でもこんな作業は何度か経験していますが、仕事の時は楽しさを感じることはほとんどありませんでした。
同じようなことをしているのに、自分でするのと仕事としてやらされるのとでは、まるで感じ方が違います。



【2011/07/27 13:47】 | 日々の思い | トラックバック(0) | コメント(0)
子供のころの夏休み
夏休みに入り、街中でも子供たちの姿を多く目にするようになりました。
2007年5月25日の日記にも書きましたように、海の近くに住んでいたせいもあり、小さい頃から僕は泳ぎには慣れていました。

海にはよく行きましたけど、夏休み中は家から4キロほども離れた山あいにある堤(つつみ)にも時々泳ぎにいきました。
そこは、渓谷のようなところに作られたかなり大きめの堤で、細長くて入り組んだ形をしていました。
両岸には断崖のようになっているところもあり、山の緑を湖面の映して、それはそれはとてもきれいでした。
山水が絶えず流れ込んでいて、水は冷たく透明度がとても高いので、潜ると水の底までくっきりと見えました。
この堤は岸から急激に深くなっていて背の立つところがほとんどないため、子供たちの間でもこの堤で泳ぐのを許されるのは高学年でしかも泳ぎの達者な者に限られていました。

僕が小学校6年の夏休みに、3人の仲間たちとこの堤に泳ぎに行った時のことです。
この堤に行くには自転車で山道を上って行き、最後に狭くて真っ暗なトンネルを抜けなければなりませんでした。
このトンネルは軽自動車1台がやっと通れるほどの幅しかなく、長さは数百メートルほどだったと思います。
トンネルの中は電気が付いていなくて真っ暗で舗装もされておらず、崩れかけた岩がいくつも散乱していて久しく車の通った様子もありませんでした。

自転車でこの真っ暗なトンネルを走るのは危険だったため、僕らはいつもトンネルの入り口に自転車を置いて、必ず誰かが持って来る懐中電灯1個を頼りに歩いて通りました。
時折、トンネルの中を風が通り抜けると、風の音が反響して「おおぉ~ん」という不気味な音をたてました。



このトンネルがいつ頃に掘られたのかは誰も知りませんでしたが、一直線ではなく曲がっていて入り口からは出口が見えず、途中まで歩いて行くと入り口も見えなくなって、出口も入り口も見えなくなるところがありました。

僕たちはそこを4人で懐中電灯を持った子を先頭にして、歩いて通りました。
真っ暗なトンネルの中を、薄暗い懐中電灯1個を頼りに歩いていると、他の子もちゃんと後ろにいるのかが不安になって「やっぱ、トンネルは涼しいな」とか「タツ、転ぶなよ」などと声を出して、お互いの存在を確かめあったりしました。
タツと呼ばれていた子は、4人の中でも少し運動神経が鈍くて、やや小太りの子でした。

トンネルの出口が見えた時、輝くのような光が差し込んでいて、みんなその向こうにある楽園のような堤に胸を躍らせました。
トンネルを出ると、まぶしい光とともにやかましいセミの声が一斉に降りかかってきて、静かなトンネルの中とは別世界のようでした。

トンネルの出口からしばらく歩くと、急に視界が開けて緑の湖面が広がる堤に出ました。
不便なところにある堤のため、半日泳いでいても誰と会うこともなく、僕たち子供だけの楽園でした。
青く透明な水の中を、時折、たくさんの魚たちが群れを作って泳いでいます。
水面に仰向けに浮かんで、真っ青な空を見上げると白い雲と緑の木々のコントラストがとてもきれいでした。

堤の向こう岸に少し開けた原っぱのような場所があり、僕たちはそこに秘密基地を作ったりして遊んでいました。
僕たちは、よく水中メガネを着けて潜ったりしていましたが、堤の水は冷たくて40分ほども水の中にいると唇が紫色になってきて、友達同士で「おい、唇が真っ青だぞ。一度、上がれ」などと、よく注意し合っていました。
水から上がって秘密基地で寝そべっていると、夏の空気があっと言う間に体温を回復させていきます。
そんなことを繰り返しながら、僕らは透明な堤の水の中を泳ぎ回っていました。



その堤には深くて暗い淵がいくつもあり、子供たちの間ではその淵の底には魔物が棲んでいて、子供たちの足を掴んで水の底に引っ張り込むから、その淵には近づいてはいけないと言われていました。
水の中を潜っていると、遠くに暗い淵が見えますが、僕たちはその淵には近づかないようにしていました。

学校では、その淵の近くで何かに足を掴まれたことがあるという子がいて、その時の恐怖を大げさにしゃべっていました。
「あそこで泳いでいたら、左足にヌルリとしたものが巻きつくんだ」
「びっくりしたぞお」
「慌てて振りほどこうとして足をバタバタと動かすと、それはグイッと下のほうに引っ張るんだ」
「もう必死よ」
「右足でそれをガンガンと蹴とばしたら、少し緩んだんで、その隙に振りほどいて逃げたんだ」
「できるだけ足を水の上にあげるようにして、慌てて逃げ帰ったよな」
「あれば絶対に淵に棲む魔物だ、間違いない」

僕は草のツルでも足に巻きついたんじゃないのかと思っていましたが、その真剣な語り口にそんな反論をするのがはばかられて、黙って聞いていました。
そして、少しだけあの淵の底には魔物がいるとも信じていました。

山の夕暮れは、急に訪れます。
時計を持たない僕たちは、薄暗くなってきて初めて夕暮れが近いことを知りました。
トンネルの向こう岸の秘密基地から堤を泳いで渡り、あのトンネルを通り抜けて帰らねばなりません。

僕たちは、急いで堤を泳ぎ渡ってから濡れた体をタオルで拭くこともせずに服を着て、トンネルを目指して歩き出しました。
あたりが薄暗くなってからこの真っ暗なトンネルの中に入る時には、少しためらいがありましたが、ここを通り抜けなければ家に帰れません。
意を決して、トンネルの暗闇の中に進んでいきます。
トンネルの中ではみんな早足で、言葉を発することもなく黙って歩いています。

入り口も出口も見えなくなる区間をしばらく歩いている時、またあの「おおぉ~ん」という風の音がトンネルの中を響き渡りました。
僕は心臓をドキドキさせながらも、みんなが近くにいると信じて懐中電灯の明かりの後ろをついて行きました。
早足で歩いていると、つま先にゴツゴツとした岩が当たって痛みを感じましたが、そんなことで足を止めることはできませんでした。
多分、みんなが同じだったはずなのに、誰もそんな足の痛みを言う子はいませんでした。

ずいぶんと長く歩いているような気がした後で、ようやく暗闇の向こうに僕たちが自転車を置いてきたトンネルの出口が見えてきました。
そこには弱くなり始めた夏の光がかすかに差し込んでいました。

突然、誰かが「ワーッ」と声を上げて、その出口に向かって走り出しました。
すると他の3人も、一斉に声を上げて走り出します。

「アー」
「ワーッ」
今まで我慢していた恐怖が一気にみんなの後ろから襲いかかってきます。
足元にはゴツゴツとした岩が散乱しているため、当然、懐中電灯を持った子が一番早くトンネルの暗闇の中を駆け抜けで行きます。
すると残された3人は、懐中電灯の明かりのない真っ暗な中を走っていかなければなりません。

つまづいて転びそうになりながらも、僕はようやくトンネルから出て息を切らせながら地面に座り込みました。
懐中電灯を持った子ともうひとりの子も、トンネルの出口を出たところでへたり込んでいます。

ところが、僕たちがタツと呼んでいた少し小太りの子だけが、まだトンネルから出てきません。
しばらく待ってみましたが、出てこないのです。
だんだんと僕の息も整ってきました。
それに伴って冷静さも戻ってきます。

「おい」
僕たちは、タツがどうしたのか不安になり、お互いに顔を見合わせています。
でも、それ以上に何かを言うのをみんなためらっていました。
どうしたものかと誰もが悩んでいるのです。

僕は、立ち上がって真っ暗なトンネルの中を、恐る恐る覗き込んでみました。
しばらく暗闇の中を見ていると目が慣れてきて、かすかに暗闇の中で何か動くものが見えます。
それがゆっくりとこっちに近づいてくるのです。
僕は、トンネルの出口から少し後ずさりしました。

「ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・」
暗闇の奥から小さな声が聞こえてきます。
その声が少しずつ近づいてきます。

みんなが、体を固くしてトンネルの出口を見つめていました。
夕暮れの薄暗い光の中で、トンネルの出口の暗闇がまるで別の次元と隔てているかのように見えました。

そこから、泣きながらゆっくりと歩いてタツが出てきました。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・」
「みんな置いていった・・・」

「置いていった・・・」
「ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・」
しゃくりあげて泣きながら、僕たちのほうに歩いてきました。
見れば半ズボンから出ている膝小僧がすりむけて血がにじんでいます。
手の平は泥で汚れていました。
トンネルの暗闇の中で転んだ様子が、よく分かります。

「悪かった、悪かった」
「もう泣くな」
みんながタツをなぐさめます。

「置いてった・・」
涙でグチャグチャになった顔で、タツは僕たちが転んだタツを置き去りにしてトンネルから逃げ出たことを恨んでいるのです。

恨むのも無理はありません。
タツの肩を叩いたりして、僕たちは早くタツが泣き止むようにしました。
ふと見るとタツは手ぶらで、水泳道具の入ったバッグを持っていないことに僕は気付きました。
トンネルの中で落としてきたようです。

「しょうがないなあ」
僕は、懐中電灯を持った子に顔を向け
「探しにいくぞ」
と声をかけました。
これからもう一度、あのトンネルの暗闇の中に入って、タツが落してきた水泳バッグを取りに行かなければならないことに、懐中電灯を持った子はためらっていました。

「ほらっ」
僕はその子の腕を引っ張ってトンネルのほうに歩いて行きながら、もうひとりの子に向かって
「そこでタツを見ててくれ」
と言い残しました。
泣いているタツを、そのまま一人にしてはおけません。

懐中電灯を持った子と二人で、僕はまたあのトンネルの暗闇の中に入って行きました。
トンネルの地面を照らす懐中電灯の明かりを左右に振り、タツの落としてきた水泳バッグを探します。
しばらく歩くと、タツの青い色の水泳バッグが岩の横に転がっているのが見つかりました。

懐中電灯の明かりがなければ、暗闇の中でこのバッグを探し出すのはタツでなくても困難です。
僕はそのバッグをひらい上げて
「よし、戻ろう」
と、懐中電灯を持った子に声をかけました。

「うん」

二人はクルリと向きを変えて、出口に向かって歩き出しました。
でも、今度は走るわけにはいきません。

いつもよりもさらにゆっくりとした歩調で、暗闇の中を出口に向かってふたりは歩いていきました。
本当は走り出したい気持ちを無理やりに抑え込んで、強がりを見せています。
トンネルの奥から「おおぉ~ん」という風の音が聞こえてきます。
僕はトンネルの暗闇の奥に何かがいるような気がして、決して振り返らずにじっとトンネルの出口を見つめていました。
トンネルの出口に差し掛かると、まだかすかに夕暮れの明かりが残っていました。

自転車の置いてある横に、タツはもう泣き止んで僕たちを待っていました。
「ほら、あったぞ」
青い水泳バックをタツに差し出すと、タツの涙で汚れた顔がほころびました。

「さあ、帰ろ」
「おう」
と声をかけあい、僕たちはそれぞれの自転車に乗って、遠くに見える民家の明かりを目指して山道を下っていきました。
見上げれば空には、星がまたたいていました。

子供の頃は、トンネルの暗闇の中や深い水の底や薄暗い森の奥には、魔物が棲んでいました。
そんな魔物に怯えながらも、僕たちは元気に遊び回っていました。


【2011/07/25 04:56】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
公式な情報ほど信用できない


今回の福島第一原発の事故から我々が得た大きな教訓は、公式情報ほど信用ができないということです。
政府や電力会社の発表はまるで信用できないし、マスコミはその発表を鵜呑みにして確認もせずにそのまま流しています。
大学教授や研究機関の先生たちの発言は、どこかで情報操作されています。

まさに「大本営発表」です。
ウィキペディアの一部を抜粋します。

比喩表現としての「大本営発表」 [編集]

大本営発表(だいほんえいはっぴょう)とは、太平洋戦争(大東亜戦争)において、日本の大本営の陸軍部及び海軍部が行った、戦況などに関する公式発表のことである。
当初はほぼ現実通りの発表を行っていたが、ミッドウェー海戦の頃から損害矮小化発表が目立ちはじめ、不適切な言い換えが行われるようになり、敗戦直前には勝敗が正反対の発表すら恒常的に行ったことから、現在では「内容を全く信用できない虚飾的な公式発表」の代名詞になっている。

この名称「大本営発表」は、政府関係者、財界人、権勢を誇る組織・団体(あるいは有名人など)に利する目的で作成されたり行われている、政府広報・白書などの政府側作成の文書、あるいはマスコミに流れている情報の中でも特に内閣官房長官会見、報道官による記者会見、組織・団体・大企業の幹部や総務担当者等による記者会見などの、情報操作や虚偽が含まれている可能性が高い「公式発表」等を、揶揄しつつ呼ぶために用いられるようにもなっている。

つまり、おおむね「情報源の確かでないもの、意図的に操作されたもの、もしくは虚偽の確率が極めて高い情報、他の情報により虚偽が明らかなのに否定しつづける行為」という意味で現代では使われており、「全く信用できない情報」と同義語として使用されている。
このほか、政府や企業などの組織、カルト宗教団体、あるいは芸能人をはじめとする個人のといった、ただ単に公式の情報であるという意味でこの言葉を使うことがある。


太平洋戦争が1945年の8月15日に終わってから、66年が経った今でもまだこんな発表が行われており、これらを批判する勢力が育っていないということに悲しみを覚えます。



【2011/07/24 05:20】 | 日々の思い | トラックバック(0) | コメント(0)
M女性からのお申込みが16人になりました


10周年記念パーティで、M女性からのお申込みが16人になりました。
S男性があっと言う間に予定数の20人に達してしまいましたので、M女性も何とか20人になればいいなあって思っています。

お申込みをされたM女性16人の内訳を見ますと、20代が6人でその内、学生の方が2人です。
30代が4人、40代が6人という状況になっています。

30代は家庭があり、子供さんもまだ小さいと、パーティにも出にくい人も多いだろうと想像します。
40代になれば、ある程度、落ち着いてきて、多少は家を空けても大丈夫なのかなって、勝手に想像しています。

M女性の方で参加を迷っている方は、今はまだ人数に余裕がありますので、お申込みをお待ちしています。
こちらのパーティのご案内から、M女性用参加申込みメールフォームでお願いします。

同じ好みを持った方々との楽しい語らいや、おいしいお料理とドリンク類で、楽しい時間を過ごしたいと思います。
場所は一流ホテルの宴会場ですから、安心です。
僕もお会いできるのを、楽しみにしています。


【2011/07/21 07:06】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
僕の大好きな京都
京都は、僕の大好きな街です。
蒸し暑い夏や底冷えのする冬は大変ですけど、春と秋はとても素敵です。

特にもみじの頃の京都は、とてもしっとりとしていて大好きです。
秋の風が頬にあたるのに、気持ちよさを感じ始めたら、また京都に行きたくなります。



「そうだ、京都に行こう」
誘っている有名なテレビCMがあります。

京都に行くと、忘れかけていた遠い記憶がよみがえるような、そんな気がします。



【2011/07/20 08:55】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
八坂神社から四条河原町まで


京都の祇園祭りが、華やかに行われています。
この祇園祭りの頃が、京都では一年で一番暑いと言います。

京都の暑さは、また格別ですね。
夜になっても気温があまり下がらず、熱帯夜が続きます。
盆地特有の蒸し暑くて寝苦しい夜の暑さです。

昨日は、艶やかな浴衣姿で、宵山を見に行った女性も多かったと思います。
八坂神社から四条河原町までの通りは、毎年、身動きができないほどの人混みになります。
コンチキチンというお囃子の音が耳に残ります。



【2011/07/17 06:34】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
九電よ、お前もか


九州電力の「やらせメール問題」が、大きなニュースになっています。
原発の是非を問う前に、そもそもの企業としての資質に問題ありと言えます。

まともにガバナンス(企業統治)やコンプライアンス(法令順守)もできないような会社で、そこのトップや幹部の意識や能力も低いということに問題があります。
原発の是非の問題とは別に、会社として存続させてもいいのかどうかに疑問符が付くレベルです。

やらせ、偽装、八百長、ねつ造、不正、改ざん、談合・・・。
いろんな表現があります。
これまで、こういう言葉を何度ニュースで聞いてきたことでしょうか。

インチキやペテンをほとんどの企業がやっている、たまたまその一部がバレただけ。
以前に「企業間競争が激しくて、まじめにやっていたのでは利益が出ない、だから不正が起こるのだ。談合などはその典型例だ」という論理で言われたことがあります。

でも、電力会社は地域独占で法律に守られていて、企業間競争などありえません。
テレビ局などのマスコミも法律で守られていてます。

今、「やらせメール問題」を報道しているマスコミ自身も多くが、これまでに何度も「やらせ」で問題になっています。
「やらせ」と言えば朝日新聞」の右に出るものはいないと言われるほどに、特に朝日新聞のやらせは悪質で有名です。
朝日新聞は企業体質そのものが「やらせ」だと言えるほどです。
そして、その朝日新聞が、今は九州電力を糾弾しています。
【2011/07/15 09:05】 | 日々の思い | トラックバック(0) | コメント(0)
牛乳は一気に飲むべし


猛暑が続いています。
じっとしていても汗が噴き出してくる暑さで、エアコンなしではとても生きられないような感じです。

これから9月の終わりごろまで、こんな暑さが続いていくのでしょうね。
毎年、暑さがだんだんとひどくなっていくような気がします。
これも地球温暖化の影響のひとつなのでしょうか。

でも汗をいっぱいかいて、その後でお風呂に入ってさっぱりとするのは、とても爽快です。
扇風機の前で牛乳を飲むんです。
一気にね。
【2011/07/13 07:18】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
M女性同士で悩みの相談


10周年記念パーティは、S男性のお申込みが予定数に達しましたので、S男性のお申込みは締め切らせていただきました。
7月5日にパーティの案内ページをアップしてから、わずか4日間で予定数に達してしまい、驚いています。

一方で、M女性の分は、まだまだ余裕がありますので、どんどんお申込みくださいね。
お待ちしています。

お申込みのメールフォームには、「SMについての思い」と「僕のサイトへのご意見・ご感想」を書いていただくスペースを設けました。
これまでにお申込みいただいた方からのメールを見ていますと、M女性同士やS男性同士のお話しもしてみたいというご意見が複数ありました。

そうやっていろんな方と情報交換をし、SMの悩みも相談できる方と知り合えれば、とても素敵なことだと思います。
SMの悩みを相談できるのは、やっぱり同じM女性同士のほうがいいですもんね。
【2011/07/09 05:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
願いを紙に書くということ


昨日は、七夕様でした。
「星に願いを」というように、人は昔からお星さまにいろんな願い事をしてきました。

七夕飾りに願い事を書くというのは、心の中に漠然としていた自分の願いを文章にして「見える化」するという意味があるような気がします。
(ちょっとビジネス用語です)
以前に読んだ本の中にも、自分の願望を紙に書いていつでも見えるところに貼っておくと、その願望が実現する可能性が高まるといようなことが書いてありました。

まあ、受験生が机の前に「○△大学、絶対に合格するぞ!!」みたいに書いた紙を貼っておくのと同じです。
また願望を書いた紙を、いつも持ち歩くのも効果的だということです。
常に自分の願望を意識していれば、それを実現する糸口に出会った時にも素早く行動できるから、実現の可能性が高まるということでしょうね。

実は、僕も小さな手帳を常にバッグの中に入れて持っています。
最初は仕事で使うつもりだったんですが、少し小さすぎたので仕事用はもっと大判のものを買いました。

そして、いつの間にかこの手帳には僕の願望が書き綴られるようになりました。
電車を待っいているほんの少しの時間とか、仕事で出張に出かけた時のアイドルタイムやレストランで料理が出てくるまでの間などの小さな時間に、この手帳を開いて自分の願望を書き加えていきます。

実現するかどうかなどは全くお構いなしで、ただ願望(一部、妄想も入っています)を書いています。
そして、実現した項目は、その横に赤ペンで実現した日付を入れて行きます。

ゆっくりと少しずつですけど、願望が実現していくような気がしています。
いっぱい願い事があるというのは、それだけでも素敵なことだと思いますし、それが少しずつでも実現していくのをこうやって手帳で見るのも楽しいものです。



【2011/07/08 07:04】 | 日々の思い | トラックバック(0) | コメント(1)
一年に一度だけの出会い


今日は、七夕様です。
一年に一度だけ、彦星と織姫が出会える日とされています。

人の出会いは、とても難しいものです。
「ああ、この人と出会えて本当に良かった」と言えるような出会いを、いっぱい作りたいと思います。

さて、今回の10周年記念パーティには、もうすでにたくさんの方からのお申込みをいただき、とてもうれしいです。
年代は、20代から上は60代までと幅広い方からお申込みをいただいておりますが、一番多いのは40代の方からです。

会場をちゃんとした都内のホテルの宴会場にしたため、若い方には少し敷居が高かったでしょうか?
でも、そんなことを気にする必要はまったくありません。
僕が主催するパーティですから、気楽に参加していただき、おいしい料理や飲み物、いろんな人達との会話を楽しんでいただければと思います。

服装も自由です。
僕から縛られてみたいという女性は、シワになっても大丈夫な服を着てきてくださいね。

【2011/07/07 06:37】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
誰にも分からないように


10周年記念パーティには参加したいけど、SMだと分かってしまうようなところには出られないという方もいると思います。
そういうことは僕も十分に承知していますので、ホテルの関係者や他の宴会場に来ている人など、このパーティの参加者以外の人には分からないように、ふつうの会社の記念パーティを装います。

ホテルの宴会案内板にも、偽名の株式会社○○の記念パーティとして表示されます。
もちろんホテルの宴会係の人も、普通の会社のパーティとしか思っていません。

パーティの後半にホテルの人に宴会場から出ていただく時も「これから未発表の新製品を紹介しますので、ホテルの方は会場から退出願います」と伝えて、宴会場から出てもらいます。
宴会場の扉を閉めてしまえば、もう中の音は聞こえませんから、大丈夫です。
安心して縛りもできるようにと、いろいろ考えてるんですよ。

あ、もちろん「僕に縛って欲しい」というM女性だけを、服の上から軽く縛ります。


【2011/07/06 10:24】 | SM | トラックバック(0) | コメント(1)
10周年記念パーティのご案内
蒸し暑い日が続いています。
今年も去年の猛暑のように暑くなるのでしょうか。
熱中症で倒れる人が、またたくさん出るような気がします。



さて、6月4日の日記に書きました10周年記念パーティのご案内をトップページに載せました。
今月の写真の下に、パーティのご案内のリンクがあります。

参加ご希望の方は、そのページのメールフォームからお申込みくださいね。
予定人数になったら、締め切らせていただきます。
お申込みいただいた方には、8月上旬にホテルや会場などについてメールでご連絡いたします。

パーティ会場に、縄を持っていこうかどうしようかと迷っていたのですが、やはり持っていくことにします。
パーティの後半は、ホテルの人には会場から出ていただいて、少しだけ縛りもできればと思っています。
【2011/07/05 15:54】 | サイト関連 | トラックバック(0) | コメント(0)
3~4回の調教を受けた後は


初めての調教の時はお互いに緊張していますし、どんなことが好きなのか、何に感じるのかなどもまだよく分からないため、相手のM女性を十分に満足させてあげることができないことがあります。
数回、お会いして調教しているうちに緊張もとれて、どんなことに興奮し何に感じるかなどもある程度分かり始めてくると、調教もぐっと良くなってきます。

3~4回ぐらい調教すると、変化が見えてSMの本当の素晴らしさを感じてもらえると思います。
お会いして最初の頃の羞恥心いっぱいの姿もいいものですが、3~4回の調教を受けてSMの本当の素晴らしさを知った悶え狂う姿も、とても素敵です。



【2011/07/03 05:33】 | SM | トラックバック(0) | コメント(0)
赤い首輪の女
今月の写真は、縛りでも何でもありません。
ごく普通のベッド写真です。
ホテルはアルファ・インですけどね。



赤い首輪を付けてさえいなければ、SMとはまるで思えない写真です。

でも彼女はとても可愛いM女性です。
この写真を撮った直後、僕は彼女をベッドに押し倒して抱きしめました。
すべすべな肌の感触がとても素敵で、肩や胸にもいっぱいキスをして唇を這わせました。

【2011/07/01 10:32】 | SM | トラックバック(0) | コメント(2)
M女の隠れ家-B◆ご主人様と奴隷の秘密◆


SMに目覚めたM女性のためのブログです。縄で縛られてみたい、本物のS男性から調教されてみたいという願望を持っているM女性向けです。 誰にも知られたくない秘密のトビラ・・・。 奴隷の快楽・・・。

プロフィール

SM愛好家 Blue

Author:SM愛好家 Blue
関東に住むSM愛好家。
名前をBlueという。
これまでに調教してきたM女性は多数。

詳しくは、本家「M女の隠れ家」を見てください。
http://yayaya1.com./
リンクのトップにあります。

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